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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)10656号 判決 1993年2月25日

原告

前田智司

被告

石原弘幸

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二七〇万五二〇〇円及びこれに対する平成元年八月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  事案の概要

普通乗用自動車の助手席に乗つていた女性の胸倉をつかんだところ、同車を発進させられ負傷した者が同車の運転者を相手に自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき損害賠償を求めた事案

二  事故態様、治療経過及び損害の填補等(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の事故(以下「本件事故」という。)が発生した(甲第五号証の一ないし一五)。

(一) 日時 平成元年八月五日午後一一時三五分ころ

(二) 場所 東大阪市西岩田三丁目一番二八号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 被害者 原告

(四) 事故車 被告が運転していた訴外杉本典子(以下「典子」という。)所有の普通乗用自動車(大阪五四ゆ六八九〇以下「被告車」という。甲第五号証の一五、二二)

2  事故態様及び治療経過

(一) 事故態様

本件事故現場は、別紙図面のとおり、東西に伸びる西行車道幅員三・四メートル、東行車道幅員三・六メートルで中央に幅員一・四メートルのゼブラ模様の中央帯が設けられている府道八尾茨木線上にある。同道路の北側には、幅員一・四メートルの歩道が、南側には幅員二・六ないし五・六メートルの歩道が設置されており、見通しは良好である。同道路の路面は、アスフアルトで舗装され、平坦であり、道路の両側には商店、民家、自動車販売会社等が連立し、夜間は、約七〇メートル間隔で道路両側に水銀灯が交互に設置されている上、ネオンや信号の明りのため、やや明るい(甲第五号証の一二、一三)。

被告は、平成元年八月五日午後一一時三五分ころ、典子が助手席に同乗する被告車を運転し、ボーリング場へ向かうため、本件事故現場に差しかかり、信号待ちのため先行車に続いて停止したところ、同車の左側に自動車が止まり、中から原告が降りてきて被告車の助手席ドアを開け、典子の左腕等をつかみ、同女を降車させようとした。そこで、被告は、被告車を発進させ、中央帯を走行して原告を振切ろうとしたが、約二〇メートル走行した後も原告は典子の腕等をつかんだまま離さなかつたので、さらに約二〇数メートル走行後減速した。しかし、原告はなおも典子の腕等を離さなかつたので、被告は、さらに十数メートル走行後時速約四〇キロメートルまで加速し、ようやく原告を振切り、そのまま進行した。そのため、原告は、同車に引きずられたことにより、顔面、左肩、左肘、左上腕、両肘、両前腕、両腸骨部、左背部、左下腿、両足関節等に擦過傷、挫傷を負つた(甲第五号証の一三ないし二三、第二号証)。

(二) 治療経過

原告は、前記傷害の治療のため、平成元年八月五日から同月一五日まで育和会記念病院に一一日間、平成二年五月二三日から同年六月二日まで石切生喜病院に一一日間、それぞれ入院(なお、後者の病院には、その後も三か月に一度の割合で通院)し、また、同年八月から平成三年八月までみくりや診療所に月一回程度の割合で通院した(甲第二ないし第四号証)。

3  責任原因

被告は、被告車を運転し、典子と遊興のためボーリング場へ向かう途中、前記事故を起こしたものであり(甲第五号証の一五ないし二三)、本件事故により発生した原告の損害に関し、運行供用者としての賠償責任がある。

4  損害の填補

原告は、本件事故による損害の填補として、次のとおり合計一四四万九四〇〇円の金員の支払いを受けた。

(一) 平成元年八月ころ、被告から二五万円

(二) 同年一〇月二五日、大正海上火災保険株式会社(現在三井海上火災保険株式会社)から五〇万円(治療費としての三六万三三二〇円)

(三) 同年一二月一日、同社から四四万九四〇〇円

(四) その後同月一〇日までの間に、二五万円

三  争点

本件の争点は、損害額全般の他、次のとおりである。

1  示談の成立

(被告の主張)

前記二の4のとおり、計一四四万九四〇〇円の金員が支払われ、その後、平成元年一二月一〇日、示談が成立した。

(原告の主張)

平成元年一二月当時、原告は今後の治療期間、後遺障害の有無も不明であり、損害項目、損害額のいずれの点でも示談が成立できる状況ではなかつたが、処分が未了であつた刑事手続への対応等のため示談書を作成したにすぎない。本件は、原告と典子との婚約等の問題が背景にあり、同書面は、最終的示談は治療が終わつた時点で話合いで決定するという前提で作成されたものにすぎない。現に、その後、平成二年六月には治療費九万円を原告、被告、典子で各々三万円ずつ負担するという合意が成立していることからみても、前記示談書は、示談成立の合意文書でも原告の請求権放棄の意思表示文書でもないことは明らかである。

2  過失相殺

(被告の予備的主張)

本件事故は、原告が被告車の助手席ドアを開け、典子の胸倉をつかんだため、驚愕した被告が同女の危機を救うため同車を発進させたため生じたものであり、同車を減速、加速させるなどして原告の手を離させようとしたにもかかわらず、一向に手を離そうとしなかつたために生じたものである。本件事故の発生、損害の拡大には原告の過失が大きな要因となつているので、原告の過失割合は五〇パーセントを下らないから、大幅な過失相殺がされるべきである。

三  争点に対する判断

前記争いのない事実等に加え、後掲の各証拠、証人杉本典子の証言、原告・被告各本人尋問の結果を総合すると、本件事故による損害に関する示談の成否につき、次の事実が認められる。

1  本件事故後の示談交渉について

(一) 本件事故が発生した平成元年八月五日の後、平成元年八月ころ、被告から二五万円、同年一〇月二五日、大正海上火災保険株式会社(現在三井海上火災保険株式会社)から五〇万円、同年一二月一日、同社から四四万九四〇〇円、その後同月一〇日までの間に二五万円の各支払い(計一四四万九四〇〇円)がなされたことは当事者間に争いがない。

本件事故後、原告は、被告、典子と度々損害補填の方法について話合つたが、被告は十分な資力がなく、任意保険は搭乗者が限定されていたため保険給付が期待できなかつたので、父親に資力のある典子に専ら賠償してもらおうと考え、日時は明確ではないが、典子が書いた「元年八月五日(土)の事故に対して元年一二月一〇日(日)示談します。」との書面に署名押印し、さらに、平成元年一二月一〇日ころ、原告は、被告に対し、「慰謝料病院に行く六か月分を石原弘幸、杉本典子二人が話し合つて二人で払つてくれましたので一二月一〇日示談します。病院は来年平成二年いつまでかかるか分りませんが慰謝料病院代で治るまで行きます。足がこのままでも何も言いません。」との書面を手渡し、被告との間でそれまでなされた損害の填補により、その余の損害賠償請求権を放棄する趣旨の示談をした(乙第一号証、第一一号証、被告本人尋問調書一回目二一ないし四七項、同二回目五ないし二七項、証人典子調書六ないし二一項、二七ないし三一項、三六、三七項)。

その後、原告は、平成二年一月二〇日、被告に対し「石原くん色々と有りがとう・・・石原くんの気持ちは十分わかつていますのでもう忘れて下さい」との書状を出し(乙第五の一、二、第六号証)、同年三月二八日、本件事故に関する傷害被疑事件における捜査官に対する供述においても、「示談については、昨年一二月に円満成立しています。」と供述した(乙第三号証、なお、これに反する原告の当法廷における供述は信用できない。)。また、被告も、同年二月二六日、同被疑事件における捜査官に対する供述において、「相手方との示談も成立しています。」と供述した(乙第四号証)。

他方、原告は、典子に対しては、同女との示談交渉が進展しなかつたことから、同女方の雨戸、窓ガラス等を壊すなどの嫌がらせをしていたが、平成二年九月一九日、同女方に電話をかけ、典子及びその母親に対し、「休業補償絶対貰うで。金で解決しようで。それが一番早いわ。お前とこ家ちゆう財産があんねんさかい。親出せ。」「休業補償してくれたらええが。そして慰謝料だしてくれたらええが。金で解決したらええんや。一〇〇〇万円くらいやな。一〇〇〇万円で足らんのと違うか。何をするかわかるかい。殺すかわからん。やらしてもらうで。その内、みんなやつたるさかい。俺は刑務所入る覚悟しとる。覚悟しとけや。」などと怒鳴りつけたため、恐喝未遂被告事件により起訴され、懲役二年六月、執行猶予三年の有罪判決(確定)を受けた(証人典子調書三一、三二項、乙第九号証、被告の主張等弁論の全趣旨)。

原告は、右恐喝未遂事件後である平成二年一二月一四日、被告に対し、「石原君とは話がうまくできて終わつてたのに杉本家とはうまく話ができずとうとう事件に成る様な事に成つてました。」旨の書状を出した(乙第七の一、二、第八号証)。

(二) 以上によれば、本件事故が発生した平成元年八月五日の後、本件事故による損害の填補として計一四四万九四〇〇円の支払いがなされたことは当事者間に争いがない上、本件事故後、原告は、被告、典子と度々損害填補の方法について話合つたが、被告は十分な資力がなく、任意保険は搭乗者が限定されていたため保険給付が期待できなかつたので、父親に資力のある典子に専ら賠償してもらおうと考え、平成元年一二月一〇日ころ、原告と被告とはその余の損害賠償請求権を放棄する趣旨の示談をしたことが認められる。

2  右認定に関し、原告は、平成元年一二月当時は、原告の今後の治療期間、後遺障害の有無も不明であり、損害項目、損害額のいずれの点でも示談が成立できる状況ではなかつたが、処分が未了であつた刑事手続への対応等のため示談書を作成したにすぎず、本件は、原告と典子との婚約等の問題が背景にあり、同書面は、最終的示談は治療が終わつた時点で三者が話合いで決定するという前提で作成されたものにすぎない、現に、その後、平成二年六月には治療費九万円を原告、被告、典子で各々三万円ずつ負担するという合意が成立していることからみても、前記示談書は、示談成立の合意文書でも原告の請求権放棄の意思表示文書でもないことは明らかである旨主張し、原告本人尋問においても右主張にそう供述をする。

しかしながら、原告は、典子に対しては、恐喝未遂事件を惹起する程執拗に賠償を請求しているのに対し、被告に対しては、右三万円以外には、前記平成元年一二月一〇日ころの示談書作成交付後、本件提訴時の近くまで、被告に対し一切賠償を請求しなかつたこと(原告調書四〇項、被告調書二八、三四項)、原告は、平成二年一月二〇日、被告に対し事件のことはもう忘れて欲しい旨の書状を出していること、同年三月二八日、本件事故に関する傷害被疑事件における捜査官に対し、平成元年一二月に示談が成立している旨供述していること、被告も、同年二月二六日、同被疑事件における捜査官に対し、示談が成立している旨供述していることなどに照すと、前記平成元年一二月一〇日の示談書が、原告が主張するように最終的示談は治療が終わつた時点で三者が話合いで決定する、という前提で作成されたものとは到底認め難い。また、前記治療費九万円を三等分して負担したことは認められるが(原告・被告各供述、証人典子の証言)、原告、被告、典子が三分の一ずつの均等の負担をしている点でそれ以前の損害の填補方法と態様が異なつており、むしろ、既に示談が成立していたため全額を被告らに負担させることが困難であつたことからこのような態様をとつたものとみることも可能であるから、前記認定を覆すに足る事実とは認め難い。

3  したがつて、本件事故による損害に関し、原告と被告との間では平成元年一二月一〇日ころ示談が成立し、原告は被告に対する損害賠償請求権を放棄したものと認められるから、その余について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないことになる。

四  まとめ

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

別紙 <省略>

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